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名古屋高等裁判所 昭和38年(う)526号 判決 1963年11月13日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人浦部全徳および同守田利弘共同作成名義の控訴趣意書の記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は、左記のとおりである。

第一点、原判決の訴訟手続法令違反を主張する論旨について

弁護人等は、「原判決は、司法巡査高橋勲作成名義の速度違反現認票を証拠としたけれども、その書面は、証拠とすることにつき被告人の同意がなく、しかもその成立が疑わしいから、証拠能力のないものである。被告人は当初より本件公訴事実を否認しているのであるが、右書面は、公訴事実の立証に不可欠のものであり、したがつて被告人に不利益なものである。原審弁護人が誤つて右書面を証拠とすることに同意し、これにつき被告人がなんらの意思表示をしなかつたとしても、刑訴法第三二六条所定の被告人の同意があつたことにはならない。なお、右書面は、真正に成立したか否か疑わしいものである」と主張する。

それで記録を精査するに、原審第一回公判調書(その附属書類たる証拠関係カードおよび証拠標目書を含む)によれば、原審第一回公判において、被告事件に対する陳述として、被告人は、公訴事実を否認する趣旨の陳述をし、原審弁護人も、同趣旨の意見を述べ、次で検察官は、公訴事実の立証として、他の証拠の取調請求と共に、所論の司法巡査高橋勲作成名義の速度違反現認票の取調請求をしたことが明らかである。そしてその書面につき、右調書には、「刑訴三二六条の同意の有無」として、「同意」と記載してあるから、(1)被告人が右書面を証拠とすることに積極的に同意したか、または少くとも(2)原審弁護人が右書面を証拠とすることに積極的に同意し、これにつき被告人に異議がなかつたか(そのような異議のあつたことを認めることはできない)、そのいずれかであつたことは、疑がない。そして右(2)の場合において被告人の同意があつたとみることができることについては、多言を要しないであろう。なお、証人高橋勲の供述その他の原審の取り調べたすべての証拠を総合して考察すれば、右書面は真正に成立したことを確認することができ、かつその作成当時の情況等に照し右書面を証拠とすることが相当であることを肯定し得る。右のとおりであつて、本件において所論の速度違反現認票は証拠能力を有するから、弁護人等の右主張は理由がない。

弁護人等は、更に、「原判決は、司法巡査佐藤忠雄作成名義の犯罪事実現認報告書を証拠としたけれども、その書面は成立、内容ともに疑わしく、刑訴法第三二一条第三項の書面としては、証拠能力がない。右書面は、むしろ同条第一項第三号の書面とみるべきであるが、本件においては所定の要件を具備しないから、依然として証拠能力がない」と主張する。

案ずるに、本件の公訴事実は、道路交通取締法第七条第二項第五号第一項第二八条第一号に該当するいわゆる速度違反の事実であるところ、所論の犯罪事実現認報告書には、標題として、その旨印刷し、冒頭に、「左記犯罪事実を現認したので、その実況を報告する」と印刷し、作成名義人欄に、「大垣警察署司法巡査佐藤忠雄」と記入して押印があり、名宛人欄に、「大垣警察署長高木英一」と記入し、罪名罰条欄、運転免許欄、被疑者欄等にそれぞれ記入し、運転事実欄に、被疑者黒田秀一の被疑事実たる速度違反の事実(最高制限速度毎時三五キロメートルを超過する毎時五一キロメートルの速度で自動車を運転した旨の事実)を記載し、犯罪の情状欄、証拠関係欄等にそれぞれ記入し、かつ「見分した実況とその略図」欄において、略図を書き、これに説明を加えて、原判示の道路およびその附近の状況を明らかにし、右道路上を通過進行した右被疑者運転の自動車の速度を測定した方法等を記載してある。そして司法巡査佐藤忠雄は、原審において証人として尋問され、右書面が真正に作成された旨を供述している。右書面の記載内容は、上記のとおりであるから、右書面は、(イ)同巡査の意見書たる性格を有する部分、(ロ)刑訴法第三二一条第一項第三号の書面に該当する同巡査の供述書たる性格を有する部分および(ハ)同条第三項の書面に該当する同巡査の実況見分調書たる性格を有する部分の三者を包含しているとみるのが相当である。そして右書面のうち、少くとも実況見分調書たる性格を有する部分が本件において証拠能力を有することは、疑がない。しかるところ、記録によれば、検察官は、右書面を刑訴法第三二一条第三項の書面として取調の請求をし、これにもとづき、原審が採用決定をして右書面の取調をしたことが明らかである。右の次第であるから、検察官は、右書面のうち右条項の書面に該当する実況見分調書たる性格を有する部分の取調請求をし、これにもとづき、原審は、その部分の取調をし、かつその部分を原判示事実の認定資料に供したとみるのが相当である。すなわち、原判決の証拠欄に、犯罪事実現認報告書とあるのは、犯罪事実現認報告書中の実況見分調書たる性格を有する部分をさすとみるのが相当である。しかのみならず、右の犯罪事実現認報告書を除外し、その余の原判決引用の各証拠だけを総合しても、原判示事実を認定することができる。したがつて弁護人等の右主張は理由がない。

右のとおりであつて、原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続法令違反はなく、論旨はすべて理由なきに帰する。

第二点、原判決の理由のくいちがいを主張する論旨について

原審は、原判決引用の各証拠中、原判示事実に副う部分を信用するに足るとして採用し、その事実に副わない部分を信用し難いとして排斥したことが明白である。しかも原審のその判断に経験則の違背はない。原判決に理由のくいちがいはなく、論旨は理由がない。

第三点、原判決の審理不尽の違法ないし事実の誤認を主張する論旨について

記録を精査し原審の取り調べたすべての証拠を検討し、前顕犯罪事実現認報告書以外の原判決引用の各証拠を総合すると、優に原判示の速度違反の事実を認定することができる。原審の証拠の取捨判断および事実の認定に経験則の違背はない。原判決に判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はない。次に原判決に審理不尽の違法はない。更に原判決は、憲法第一一条または第一三条等に違反しない。論旨は結局においてすべて理由なきに帰する。

上記のとおりであつて、本件控訴は理由がないので、刑訴法第三九六条により、これを棄却することとし、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 吉田彰 村上悦雄)

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